アユタヤ遺跡巡り

数えきれないくらい見所の多いアユタヤ。他に印象に残ったところをいくつかご紹介。

ワット・チャイワッタナラームはプラサートトーンという王によって1630年建立されたクメール様式の寺院。昨年あった洪水でかなり被害を受けた場所で、まだ遺跡内への立ち入りは禁止になってました。外見的には大きな損傷は無さそうですが、水害は見えないところまで影響があると思うので、まだまだ復旧には時間がかかるのかもしれません。
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ワット・チャイワッタナラーム

ワット・ロカヤスタは涅槃仏で有名。ひょっとしたら元々は屋内にあったのかもしれませんが、今は青空をバックになんだか気持ちよさそう。その他は倒れそうな仏塔があったのみで、この寺院はかなり破壊が激しかったようです。
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ワット・ロカヤスタの涅槃仏

ワット・プラシーサンペットは15世紀建立の寺院。中央には仏塔が3基並んでいて、王様の遺骨が収められているそうです。バンコクにあったワット・プラケオのように王族用の寺院だったようで、かなり重要とされていた場所。
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ワット・プラシーサンペットの仏塔

当時は黄金に輝く巨大な仏像があり、アユタヤの富を象徴するものだったようですが、それもビルマ軍により完全に破壊されてしまったとか。もったいない話です。。。
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ワット・プラシーサンペットの遺跡

アユタヤの富を支えたのは外国との貿易で、外国からの商人なども周辺に住まわせていたようです。いくつか跡地はありましたが、我々はポルトガル人町の跡地を見てきました。
手前には住居の跡地。いろいろ説明書きもあったのですが、もうかなり読めない状態になっているのも多く、しっかり管理されていないようです。我々も最初は工事現場だと思ってしまったくらい。。
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ポルトガル人町跡

奥に入ると、キリスト教会の跡などがあって、こちらは保存のために屋根など作られてました。内部は墓地にもなっていて、遺骨が生々しくむき出しに残っていました。。
なんですが、うーん、これは実際どうなんでしょう。観光地図にもちゃんとドクロマークが付いていたので、見所として理解されているようなんです。という我々も、それを見に行ったような感じもあるのですが、実際に目にすると、妙に申し訳ない感覚。海外に住む大変さはわかっているつもりですが、この時代ともなると苦労は現代と比べ物にならないだろうし。妙に考えさせられる場所でした。。
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ポルトガル人町 墓地の跡

その他、我々は行きませんでしたが、日本人町も場所だけは残っているようです。商人はもちろん、宗教的弾圧で逃げてきた人や、傭兵として仕事を求めてきた浪人が住んでいたようで、非常に興味深い。当時のアユタヤ日本人町を舞台にした小説とかないかな。。?

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